弘前城には当初、五層の天守閣があったが築城後16年で落雷により焼失し
た。現在のこの三層の天守閣は、ロシア船が頻繁に現れるようになったころ
文化7年(1811年)北方警備を名目にお隅櫓を改装して出来た全国的にも大
変に珍しい建造物。
本丸から見れば単なるお隅櫓だが、下乗橋から見れば写真のように立派な
天守閣である。散策の際にはこの辺にもご注目下さい。




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