修復

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「札幌のIさんからお電話です」
札幌にIという親戚や友達はいない。お客様だろうけど、聞き覚えの無い名前だ。クレームじゃなきゃいいなと思いながら受話器を取った。
「きれいに直していただきまして本当にありがとうございます」
今年の桜まつりに来店して津軽塗の夫婦椀の修復を頼まれたお客様だった。3カ月も前のことなので直ぐには思い出せない。7,000円位のお椀に修復代が4,000円以上かかると言ったのだが、それで結構だとその場で支払っていった方だった。
意外に思われるかもしれないが、例えば親の形見だから(つまり大切な物だから)金に糸目は付けないと言って修復をお願いされたことは、30余年の間でまぁ5人位だね。というくらい滅多にあることじゃない。
昨日は滅多にない商売冥利という奴を味あわせていただきました。

喫煙

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七子塗の煙草入をYさんからいただいた。家にあるよりお宅にあった方がいいという。
Y酒造の蔵から出てきたものだそうだ。桐箱に収まっていて、ふたの裏に「齋藤漆器店」「弘前市百石町」の角印が押してある。
家具の「さいくま」らしい。戦後しばらくまで津軽塗も扱っていたので少なくとも何十年も前の物だ。ひょっとしたら戦前の物かもしれない。一度も使われなかったのではないかと思えるくらい艶がある。
黒く見えるが実は黒種青上(くろたねのあおあげ)というダークグリーンの塗で、縁に三角の模様が施してある。当時としては中々モダンなデザインである。
3、40年前の話だが、普通、客間には津軽塗の座卓が据えられて、その中央に煙草セットと言われた煙草入とライターがセットになったものが置かれていたものだ。唐塗の煙草セットも昔はずいぶん売れたものだった。今でも茶席に煙草盆が用意されるように、昔はお客様をお迎えする必須アイテムだったのだ。
思えば遠くに来たものだ。丁度先ほど弘前市役所から「受動喫煙防止にご協力ください」というアンケート調査の回収が来ていた。

朝の店頭

 

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毎朝8時30分ごろ、店頭の清掃をするのが日課である。
ひと頃はカラスの糞に悩まされたものだが、最近は多くて10羽くらいで大した被害は無い。カラスの絨毯爆撃さえなければ、道路を掃き清め如雨露で水を撒くのは楽しい作業の一つである。仏事の作務のようでもあるし、客を迎える茶事のようでもある。
観光客から開店時間を聞かれることがある。弘前公園を見てから寄ると言われたりするとうれしくなる。
小さな女の子に尋ねられたことがあった。
「どうして水を撒くの?」
「ホコリが立たないようにね」
「ほこりって?」
「んーと、小さなごみ」
隣で若いお父さんが少し申し訳なさそうな顔をしていた。
でもこういうことって子供にとって社会勉強になるし、こちらも悪い気はしない。
今日もきっといい日だ。

村上善男先生の

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田中屋に隣接して『田中屋工房津軽塗資料館』がある。
そこには郷土の出版社である「津軽書房」のほぼ全ての出版物が並べられている。
表札のように金釘流で書かれているのは、何を隠そう美術家・村上善男の直筆なのだ。この資料館のデザインそのものが村上先生の手によるもので、地元の図書を置こうと提案したのも村上先生なのだ。2001年のことだった。翌年、弘前商工会議所から「街づくり大賞」を頂いた。そのお祝いの会を村上先生が音頭を取って開いてくれた。といっても大げさなものではなく、友達関係10人くらいのささやかで和やかな会だった。乾杯から村上先生が進行役を務めてくれて仕切ってくれた。いい雰囲気でワインを空けながら歓談を重ねた。
私のお礼のご挨拶は乾杯の次という順番でも無かったから、最後の方かなぁと少し気にはしながらも、そこは気の置けない友人達となので、いつとはなしに話がそれぞれで盛り上がり、夜も更け気が付いたらそのままお開きになった。
あれは村上先生のうっかりだったのだろうか、何かの心配りだったのだろうか?
先生との思い出はミステリアスなことがある。

弘前大学で講義をした!

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津軽塗の田中屋店主の田中久元と申します。今日からブログを始めました。何分不慣れではありますが、お付き合いを賜れば幸いです。

先月8日弘前大学で学生100名以上を前に講義をしました。『津軽学』という津軽三味線やこぎん刺し等々津軽のことをレクチャーするカリキュラムなのですが、何せ相手は19、20歳の若者ですから伝統工芸に馴染みも関心も無いだろうし、実物を見せるしかない!ということで、『田中屋工房津軽塗資料館』に展示してある工程見本の角盆33枚を風呂敷に包んで持っていきました。
大学の校門近くの受付で教室の場所を尋ねたら、
「納品したらすぐ帰るのですね」と言われました。そりゃあ大きな風呂敷包みを抱えて、半袖のワイシャツに律儀にネクタイをした出で立ち。誰も講師だとは思わないよね。
私としてもお盆33枚納品した方が売り上げになるし、よっぽどいいのですが。
19、20歳といえば私の息子より年下で、ということは彼ら彼女らから見れば自分の父よりも年上ということになるわけで、おじいちゃんですね。
それでも結構ちゃんと聞いてくれて、1時間を終えました。どこまで伝わったかは分かりませんが、伝統工芸に接してもらうありがたい機会だと思いました。