萬鉄五郎記念美術館

花巻の萬鉄五郎記念美術館まで出かけた。畏友K先生の運転で。〈没後10年〉村上善男展が開催されているのだ。(~4月5日)この展覧会は学芸員の平澤さんがいなければ恐らく実現しなかっただろう。平澤さんは村上先生の愛弟子といってもいいだろう存在だから。一遍が2メートルを超える大作揃いで、改めて萬鉄五郎記念美術館の村上作品の充実度に驚いた。場内の新撮影を許可されて、初めてスタッフという許可証を首から下げた。陳列は最新作から過去をさかのぼる形で飾られている。仙台時代の作品と弘前時代の釘打ち圖シリーズとの間に、作風が混在している過度期の作品が数点あり、村上先生も試行錯誤を繰り返していたのだなぁと改めて思う。村上先生でもそうなのだから凡人は行きつ戻りつ悩んで当然なのだと、励まされる思いがした。

鞘塗

刀の鞘塗の特注が仕上がった。刀と言っても脇差だが、立派なものである。受注主は居合の高段者でもある。津軽塗のような変塗(かわりぬり)は元々鞘塗という異名を持ち、刀の鞘に塗られたものだが、本当の鞘塗をしたのは初めてのことだ。
唐塗の青上(あおあげ)だが中々似合っていると思う。

牡丹

整理をしていたら、こんな物が見つかった。牡丹の下絵である。下絵なので当然のことながら、サインも落款も無い。誰が描いたのだろう。
津軽塗資料館に祖父の田中正雄(1898~1954)の製作した錦塗の箪笥がある。錦塗の崩しと言おうか、アレンジした図柄が描いてある。あの牡丹の花を思い出させるものがある。とすれば田中正雄の手によるものだろうか。実物を写生したのだろうか。あるいは手本のようなものを写したのだろうか。下絵を起こし構図を思案して実作に取り掛かる。ある種、作家のような作業を思い起こさせる。これは捨てられない。

津軽塗、ニューヨークへ

昨日、弘前大学の塚本教授がお見えになり、ニューヨークで開かれる「青森いいもの展」に出品する津軽塗をセレクトしてもらった。ニューヨーク青森県人会が窓口になり、天理ギャラリーで津軽塗・ブナコ・コギン刺し・打ち刃物・こけし等が4月6日から12日まで展示されることになった。以前にも松浦会長が津軽塗の箸をニューヨークに持って行って青森県人会のイベントで売っていただいたことがあったのだが、ギャラリーで津軽の工芸品が一堂に揃うのは史上初ではないか。ニューヨーカーの反響や如何に。

画像は渡米する津軽塗たちである。奥から時計回りに唐塗赤上丸重箱(12,960円)紋紗塗扇型銘々皿(37,800円)七子塗丸浅盆(21,600円)唐塗赤上ドレッシングボウル(6,480円)唐塗長手盆(19,980円)

 

残雪どころでは

もう雪掻きはしなくていいかと先日のブログに書き込んだが甘かった。昨日一日いっぱい降り積もって今朝はこの雪である。6時45分から倅と二人で雪かたずけだ。こういう時は男手が一人いるといないとではと全然違う。
そう言えば昔、父が「息子」というよりも「倅」という方がいいと言っていたことがある。どういう場面でどういう文脈だったか思い出せないが、何故か記憶に残っている。往々にしてよく分からなかったことの方が疑問として記憶の襞に残ることがあるものだが、息子も倅も同じ意味だ。倅の方がへりくだった言い方だが、そこが父にとってしっくり来たのかも知れない。いずれにしても津軽の春はまだ先だ。

残雪

さすがに3月ともなると駐車場の雪も消えて来た。今日も最低気温は―5度だが最高気温は4度まで上がった。アスファルトの路面も乾いている。週間天気予報には雪だるまのマークもあるが、さすがに雪掻きはしなくて済むと思う。
しかし、雪が無くなると今度はホコリだ。もうすぐ如雨露で水を撒いて箒で店の前を掃く季節になる。春はもうそこだ。

花巻で村上善男展

盛岡のSさんから電話があった。珍しい、久しぶりだと思いながら出ると、花巻の萬鉄五郎記念美術館で没後10年『村上善男展』が開かれているのはご存知ですかという。もし来場するのなら時間を合わせて落ち合いましょうという提案だった。ありがたいものだ。村上先生がご存命だったころ盛岡から弘前まで先生を車に乗せて、よく来てくれたものだ。亡くなってから田中屋画廊で村上企画展を開催した時もよくいらしてくれた。
先日、東京にいる一番弟子のMさんも展覧会には行くという手紙が来た。私の方も何人かの教え子さんたちにお知らせを出した。まるで村上先生が空の上の方から采配を振るっているかのようだ。忘れてくれるなと思いだしてよと。こういう縁もありがたいものと思う。