名残り雪

店の前の踏み石に今朝の雪が少し残っている。二月も明日で終わり、明後日からは三月だ。日差しも心なしか温かいような気がする。
今年は青森よりも弘前の方が雪が多かった。普通の年であれば青森の方が弘前の倍くらい積もるのだが、今年は逆だった。
「田中屋さん、今年は雪が多かったから、桜まつりは開花が遅くて丁度良くなるんじゃない」と久しぶり会った知人に言われた。そうあってほしいものだ。もうすぐ春だ。

北奥氣圏

総合文芸同人誌『北奥氣圏』12号がようやく刊行になった。特集は《北の作法》ということで、前主宰の船越素子さんからの勧めもあって、私は村上善男先生の語録である『村上善男ノート』を出した時のいきさつを書くことにした。思えばもう11年前の話だ。
実弟の村上正男先生に送ったところ、過分なお手紙を頂いてしまったので紹介したい。
「封を開けて宋朝の活字を見て、ふるえるほど感激しました。村上善男が蘇ったような気がしたからです。(略)善男の拘りをそのまま引き継いでくださる方々が弘前いらっしゃることに、感激を覚えずにはいられません」
全体の装幀の話で、私の手柄ではないのだが、これほどまで喜んでいただけたことに驚愕した。兄に対するリスペクトももちろんあっただろうし、自身の教育者としてのビヘィビアもあっただろうが、ともあれ、このことだけで12号を刊行した意味があったと思いたい。まだ、青森県内の書店には並んでいないが、田中屋に来ていただければご覧になれます。

(864円)

インスパイア

男性2人が熱心に漆器を見ている。事務室に戻ってからまた店頭に来てみると、まだ話しながら菓子器や茶筒を選んでいる。買物が終わった後で聞いてみると、お一人は大阪からでもうお一人は神戸からだそうで青森県は初めてだという。飛行機で帰る前にもう一度見ていくかと2階へ上がって見たのがこの堆漆硯箱(ついしつすずりばこ)である。漆を何重にも塗り重ねた物を彫刻刀で彫り込んで断層を模様にしたものだと説明をする。漆の塊ですと言うと、その表現は全くだと褒められた。見ているとインスピレーションを掻き立てられるようだと言う。思わずお目が高いと膝を打った。価値を分かっていただけることは知己を得たような嬉しさがある。

(26×20×5㎝ 475,200円)

誕生日いや三回忌

今日はKさんの誕生日だ。ご存命であれば63歳になっただろうか。しかし、今年は三回忌に当たる。
今日はお母様からご自宅に招かれている。Kさんと親しかった友達の内の一人として。仏壇の前で呑んでお話してくれればKも喜ぶだろうという親心である。Kさんとは弘前青年会議所で出会って、かれこれ30年以上の付き合いになる。一緒に街づくり運動もやった。中でも弘前市吉野町の巨大な煉瓦倉庫を美術館にしようと活動したことは最大の思い出だ。今から考えれば途方もない話だが、あの時は景気も良かったし、若かったし、Kさんと一緒に皆でやれば、どこまでも歩いて行けそうな気がしていた。
Kさんはマクロビオテックや玄米正食のインストラクターだったのに、一番長生きしなければいけない人だったのに、60を前にして逝ってしまった。
画像はKさんから紹介された自然海塩だ。今でも津軽塗の田中屋の店頭に置いている。

(500g 1,296円)

トリプルペン

先日、三重県の方からご注文を頂いた。ボールペンがご希望だったのだが、ホームページのカタログにはこのトリプルペンという青・赤のボールペンとシャープペンシルが出て来る新製品が掲載されていなかったので、デジカメで映してメールに画像を添付して送ったのだ。素人写真ではあるが、気に入って頂いて注文につながった。青森県から三重県まで情報の交換が完了したのは30分もかからなかった。一昔前なら考えられなかったことだ。
もし、ご希望があればいつでも在庫の製品を画像でお届けいたします。

(13㎝ ¥3,024)

祥月命日

今日はIさんの祥月命日だ。20年以上も前に弘前青年会議所という団体で私が理事長を仰せつかった時、専務理事をやっていただいた。人格は温厚で頭脳は明晰、しかも親しみやすい人柄で事務仕事に長けて、専務理事としてうってつけの人だった。私より2歳下であったが僅か38歳でこの世を去った。青年会議所の専務理事という労多くして功少ない役職を2度も務めた。2度目の専務として仕えた元理事長のIさんと2人で声掛け役になって、毎年2月6日は偲ぶ会を開いてきた。偲ぶ会と言っても昔の仲間が集う呑み会のようなものだが、それでも、もう21回目となる。いい人ほど早く逝ってしまう。

作家の逝去

untitled

陶芸家・吉村利美氏の奥様が先日訪れた。実は昨年末に吉村利美氏は急逝していたのだ。我々が知ったのは年が明けてからのこと。噂として聞いたこともあったが、こんなことは確かめられるはずもない。
昨年末のとある日、ファンの方だろうか、吉村作品があるかとの問い合わせの電話があり、画像の作品を求めて行かれた。作家本人も気に入っていたものだった。作家の死去を知って、もう手に入らないと思って、買い求めたのだろうか?偶然だったのかそれは分からない。銘品にはミステリアスな物語が絡むことが多い。それにしても惜しい作家を亡くした。