ねぷた近し

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弘前ねぷたまつりの観覧席を作る作業が始まった。田中屋の向いにある「さくら大通り」に面した空き地である。今日の弘前の最高気温は33度に登る。暑い中、ヘルメットに長袖にニッカズボンで、誠にご苦労様である。
今日は市内のホテルを回ってきたが半袖でも暑かった。宿泊状況を尋ねるとまつり期間中はどこもほぼ満室らしく、フロントの方々は皆お陰様でと恵比須顔であった。もうすぐ、ねぷただ。津軽も夏だ。

「あそびのかたち 生きる跡」

exhibition
弘前大学附属特別支援学校の生徒たちの造形作品展が8月1日から田中屋画廊で始まる。障害を持って生まれて来た子供たちの作品展である。いわゆるアール・ブリュットとかアウトサイダ―・アートと呼ばれるものになろうか。
子供の絵を見るのは楽しいことの一つだが、幼稚園児の絵だと、あまりにも抽象度が高すぎてついていけないが、小学校も高学年になると単なる大人の稚拙なものになってしまう。小学校の2年生くらいが見ていて一番面白い。まだ常識に染まっておらず、上手く見せたいという欲も薄い。ひょっとしたら人が生涯の中で最もいい絵が描けるのは小学2年の時ではないかと思うくらいだ。
しかし、その小学校2年生の作品もこのような特別支援学校の生徒たちの作品に比べれば、常識的、日常的にすぎるように思われる。子供が養護学校に行った関係で、彼ら彼女らの作品は比較的目にした方だと思う。これでも私は代々職人の家系で、一時は美術系を目指したこともあった人間である。しかし、彼らの作品を目の前にすると、作家になんかならなくて本当に良かったと思う。
8月9日まで、10:00~18:00です。どうぞご覧ください。

佐藤初女と暖簾の会

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昨晩、弘前暖簾の会の例会があった。出席したのは石場酒店、川崎染工場、しかないせんべい、高砂、なかさん、田中屋の6店だった。高砂の藤田さんが風邪をひいてノンアルコールビールだった。鹿内さんがバルセロナで置き引きにあった話が出たり、なかさんの中村さんがグラスゴーからウイスキーを買ってきたのをいただいたりした。
会の顧問だった佐藤初女先生の写真展が開かれることになったので報告したい。集英社の学芸編集部の方がお骨折りになって開催される運びになった。最新情報です。

「二人の写真家が見た佐藤初女」と題して、
岸圭子写真展「いのちをむすぶ・佐藤初女」
9月30日(金)~10月9日(日)11時~19時
弘前市上瓦ケ町11-2「スペースデネガ」

オザキマサキ写真展「佐藤初女 森のイスキア ただただ いまを 生きつづける ということ」
9月28日(水)~10月4日(火)10時~19時
弘前市百石町3-2「弘前市立百石町展示館」第三展示室

ねぷたの製作

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店の向かいのねぷた小屋でねぷたの製作が佳境に入っている。今日の弘前は28度まで気温が上がっているが、皆、熱心なものだ。
高校の時に文化祭でねぷたを製作して運行したことがあった。各クラス1台ねぷたを作るのだ。その製作責任者をやらされたことがあった。1週間授業の前に早出して、放課後も暗くなるまでクラス総出で作業した。ほとんど間に合わなくなり、額というねぷたの台の部分の上側、観客からは見えない部分なのだが、ここまで手が回らず、トイレットペーパーを敷き詰めて上から顔料をスプレーで噴霧して仕上げたことがあった。そこまで同級生と一緒になってやったから、一体感が生まれ、運行当日の夜が盛り上がるのだ。これは最高級の遊びだと実感したものだった。
もっとも何にも手伝わないのに、その晩だけで盛り上がって跳ねまくっていた同級生もいたけど。

ポストの貼紙

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ポストに貼紙がされた。

「ねぷた運行のため8月1日~8月6日の期間は最終の収集時間が平常より1時間程度早まりますことを何卒ご理解ご了承いただきますようお願い申し上げます 日本郵便株式会社 弘前郵便局」

向かいのねぷた小屋から笛の音や太鼓の音が聞こえて来る。ねぷたはもうすぐだ。

雑草

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苔の中から三つ葉が生えてきた。僅かなコンクリートの隙間に、長い時間がかかって苔が生える。そしてその中から雑草とはいえ、一人前の草が伸びて来る。車通りの激しい弘前市一番町のアスファルトとコンクリートに囲まれた中にも自然の営みはある。気に留める人も見つける人すらいないだろうが、今朝、水撒きをして気が付いてしまった。朝、知人と挨拶を交わすのと同じくらい少しいい気分になった。

誉められた

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紋紗塗の茶筒の注文を貰ったので、木地を仕入れた。これをネタにしようと津軽塗資料館で撮影していたら、老夫婦が入って来て、津軽塗の見本を興味深そうに見ている。「津軽塗の出来るまでを簡単に説明しましょうか?」というと、お願いしますということで、いつものレクチャーをした。聞けば岩手県北上市から来たという。弘前は桜のことしか知識が無くて改めて来てみたら凄い街だと言われた。土手町はこの辺ですかともとも言われた。事前調査もしての再来らしい。弘前の街を誉められるのは正直、うれしい。

干菓子

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一方ならぬお世話になっているYさんが東京から大学時代のお仲間を連れて来店した。資料館で一通り津軽塗の出来るまでをレクチャーする。関心を持って聞いてくれるのもうれしいが、寿々喜塗が気に入ったと仰る。お目が高い。
2階で銘々皿に干菓子をのせて出したら、リンゴの模様が可愛いと言われた。6人分のお茶を淹れながら話をしたら。ここは時間がゆっくり流れていると言われた。久しぶりに茶事をしている気がした。

お盆

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津軽地方では月遅れのお盆だが東京などでは今がお盆の最中だ。子供の頃は、家の前で迎え火を焚いたものだった。20センチくらいの割った細長い木を井桁に組んで積み上げて火を付ける。大人公認の火遊びという趣で子供にとってはちょっとしたイベントだった。隣の家でも同じようにやるので、通りはそこかしこでたき火をしているようなものだった。これが原体験だったから、日本中どこでもこんなもんだろうと思っていた。
ところが2,3年前に知り合った大阪の若い僧侶は、初めて弘前の街でお盆の迎え火を見たときはカルチャーショックを受けたという。よくもまぁこれだけのたき火を消防署が許可をしたなぁというのが正直な感想だったという。
これを聞いてこっちがカルチャーショックを受けた。弘前か青森県か東北?ともあれ極一部で行われる夏の風物詩らしい。普通はもっとこじんまりとしたものらしい。世の中は知らないことだらけかもしれない。

仏膳(26×26×10cm ¥162,000)

村上善男の贈物

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笹竹に覆われて、目立たなくなっているが、津軽塗資料館の看板プレートである。鋳鉄の明朝体が盛り上がっていて中々の貫禄である。何を隠そうこのプレートは2001年に開設した時に美術家の村上善男先生からプレゼントされたものだ。資料館自体が外装から内部の陳列まで村上先生がデザインされたものだ。しかも天井まで伸びる書棚には村上先生の蔵書が並んでいるし、床にさりげなく置かれている陶板は村上作品なのだ。それらが違和感なく混然一体に溶け込んでいる。村上先生自身にしても満足のいった出来栄えだったのではないだろうか。だから画竜点睛として看板のプレートを特注して贈ってくれたのではないか。
陸奥新報から村上善男没後10年回顧企画の原稿依頼が来たので、いろいろと思い出すことは多い。