クローバー

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田中屋一番町側の入口の隅でシロツメクサを見つけた。ついこの前まで雪掻きをしていたと思ったら。もう春である。ひょっとしたらクローバーほど愛された草は無いのではないか。曲名に社名に漫画にグループ名によく使われている。やはり四葉のクローバーを見つけたら幸せになるという縁起から来るのだろう。ジンクスや験担ぎというと非科学的だと言って眉を顰める人もいるが、受験でも恋愛でもプレゼンでも見通せぬ未来を目前にしたときに藁にもすがるのも仕方がないことだと思う。それを嘲る権利は無いと思う。
ただこのクローバーは四葉ではない。

旧弘前市立図書館

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今朝、市役所に行くついでに旧弘前市立図書館の前を通った。今では立派に修復されて観光館や現市立図書館と同じ敷地に移築されているが、昔は弘前大学の正門の真向かいにあって、2階は下宿で1階は『把夢畝』(バムセ)という喫茶店だった。市から民間に払い下げられて1989年まで営業されたいたという。
私も高校生のころに行った記憶がある。お洒落な雰囲気で敷居が高かった。オレンジペコーやらダージリングなど背伸びして話した記憶がある。金木の斜陽館も昔は旅館だった。今ではきれいに整備されたが、ここも1996年までは喫茶室もあり、太宰ファンが宿泊できたのだ。
無論、歴史的建造物が市によって整備され一般公開されるのは望ましい姿である。それだけに図書館で茶を喫した人、文豪の生家に宿泊できた人の記憶は、もう叶わないだけに貴重なことかもしれない。

名残り雪

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昨日雪が降った。今も雪が舞っている。駐車場の隅に雪が残っている。今年の弘前公園の桜の開花予報は4月19日と例年より4日くらい早いらしい。満開は24日となるとゴールデンウイークまではとても持たない。この雪で桜前線も少しでも足踏みしてくれればいいのだが。
今日が北海道新幹線の開通だ。松前城の桜ですらゴールデンウィークにかからないかもしれない。冬の間とは打って変わって、春になってから降雪を喜ぶとは我ながら勝手なものだ。
最近つくづく凡夫という言葉が思い浮かぶ。やはり我がことが第一で自分が一番かわいいのに思い至る。そう言えば親鸞は己のことを「愚禿」と称したという。親鸞ですら、いや親鸞だからこそか。

手織り

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草木染め作家のSさんが来た。年に一度「さくらまつり」の前に作品を持って来る。テーブルセンターやネクタイを1枚1枚少しずつ色味を違えて織って来る。以前にクラフトセンタージャパンの理事の方が来店して、これだけの仕事をこんなに安く売ってもらっては困ると非難とも賛辞ともつかないことを言われたことがあった。母の代からのお付き合いだが、お会いするたびにその気遣いや繊細さに、痛ましく感じることすらあった。これほどの仕事なのだから、作家として名前を出して、付加価値を付けて売ろうと提案したことがあった。即答で断られてしまった。師匠がいるので遠慮したいとのことだった。それほどの技量が無くても名前は出したいという人が多いのに、稀有な例がここにある。

梨子地

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津軽塗の座卓の天板である。市松模様に配された白丸は梨子地(なしじ)と呼ばれる技法。錫粉を蒔いているのだ。この上にまた漆を塗って研ぎ出すと、漆は無色透明ではなく飴色をしているので、この白い所が金色に光って豪華な印象になる。昔は盛んに塗られたものだが、今はあんまり見かけなくなった。
ちなみに置いてある場所は漆風呂という、漆を乾かす場所である。漆が乾くのは水分が蒸発して乾くのではなく、漆の主成分であるウルシオールが空気中の酸素と化学反応を起こして固まるのである。湿度が高い方がよく乾くという不思議な現象である。温度は25~30度位、湿度は70~85%位が良く乾くと言われている。水を撒いたり冬はヒーターを点けたりして、漆が乾きやすい温かく湿った環境を整えているのだ。

書棚

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全て美術家・村上善男先生の蔵書である。田中屋工房『津軽塗資料館』の天井まで届く。10年前、盛岡市加賀野の病床から連絡があった。資料館に書棚を造り弘前市寒沢町の元自宅『明朝舎』にある蔵書の一部を陳列してほしいとのことだった。詳細は声楽家の鎌田紳爾先生に指示があって並べられた。田村隆一、岡田隆彦、宗左近などの詩集が並ぶ。親交のあった海野弘や荒川洋治の本もある。
村上善男は橡木弘の別名を持つ詩人でもあった。「橡はマロニエで盛岡に多い。木は仙台のケヤキを表し、弘はもちろん弘前」という名前の由来を直接伺ったことがあった。盛岡に生まれその後仙台の大学に勤務し、弘前大学に来た経歴そのままを上手く読み込んだものだと思った。
亡くなった後に村上善男企画展を開催し、取材に来たI日報の記者にそのまま伝えたら、新聞の紙面に載った。ところがこれは事実ではなかった。弟の村上正男先生から聞いた。盛岡時代に既に橡木弘を名乗っていたという。その時点で仙台弘前と転勤することを予想するのは不可能であった。本人から直接聞いたからと言って事実とは限らない。あれは村上先生のサービス精神だったのだ。そういえばワインを呑みながらのことであった。背表紙を眺めていると思い出すことは少なくない。

テープカッター

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包装をするために今も使われている古いテープ台が田中屋にある。少なくとも30年以上は前の物だ。私が東京から帰って来た時にはすでに使い込まれた姿で店にあった。もろに鋳鉄で重さは1.6㎏もある。メーカーの名前とかは見当たらないが[H-STEEL]というアルファベットが刻まれている。用に立てば宝なりという。30年以上も店のために働いてきたと思えば、テープを切るたびに指が当たる黒く錆びついた所も、歴戦の向かい傷のように見えなくもない。

ポチ袋

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津軽塗の柄をあしらったポチ袋が結構人気だ。地元のデザイナー達がアイデア出し合って出来たものだ。3枚入で500円(消費税込)なので、相談された当初は高いんじゃないのと言ったが、ポチ袋だけにぼちぼち売れている。かわいいと評判も上々である。不明を恥じるわけだが、こういう当て外れはいいものだ。

(左手の兎は寿々喜塗で右の達磨は唐塗赤上)

漆ワッパ

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漆の原液が4月から値上がりすることになった。日本全国、どこの産地でも95%以上は中国産の漆を使っている。日本産の漆はウルシオールと呼ばれる成分が高く高品質なのだが、その分高価で仕上げの艶に使われる。
値上がり前の漆で塗った製品はそのままの価格で提供するとしても、ギリギリまで価格は据え置くとしても、最終的には値上げをせざるを得ない。頭が痛い。願わくは、今のうちですよと、告知するしかないか。ご理解を賜りますよう。

心柱

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田中屋店舗の心柱だ。昔向かいにあった旧弘前市役所の一番太い梁を使ったものである。
それは昭和51年のこと、木造二階建ての建物は長く弘前市農協として使われていたが、老朽化のために取り壊すことになった。毎日、その解体作業を見ていた父田中順造は、何とも勿体無いことと思い、この材木を使って田中屋の店舗を改装しようと考えた。市役所に行って払い下げてもらった経緯はいろいろあるが、何より当時は古材の再利用とかという考え方は全くと言っていいほど無かったという。高度経済成長の真っ盛りである。今でこそエコロジーやらリユースが当たり前だが、当時は新しければ新しいほどいい。そんな時代だった。
感心したお客様に檜ですかと聞かれることがある。残念ながら明治25年に建てられたときは予算が潤沢ではなかったようだ。松材であった。