命日

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今日は母の祥月命日だ。雪の朝だった。その日も、おはようって普通に朝の挨拶を交わしたのだが、看病に来ている姉が仏膳を仕舞っているほんのわずかの間に、忽然と逝った。驚いて救急車を呼び、人工呼吸を行う。しかしそれは儀式のようで、もう戻ってこないことは医者も看護師も分かっている。家族が納得するのを待つための時間。もう結構ですと言って、手続きをした。病院を出ると粉雪が舞っていた。帰宅するとまだ10時前である。何事もなかったかのように店を開けた。たぶん母が生きていたとしてもそうしただろうと思った。あれからもう11年がたった。札幌に住む叔母から花束が届いた。

色彩の詩

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西側の窓で

黒い木部に
白い漆喰の店があり
赫い西日が差すあたり
そこに小さな窓があり
暗くなれば灯がともる
窓といえば窓ですが
絵馬の形に定められた
その存在に
そんなに多くの人は気づきません
けれど知る人はいつも立ちどまり
窓の明りに見入っています
黒い木部に
白い漆喰の店があり
赫い西日が差して
それも終わってほの暗く
ようやく窓に灯がともると
その家に少女期をおくり やがて飛びたち
絵筆をにぎり 結ばれて
子供たちを産み育て・・・
黒い木部に白い漆喰の家に向かって
贈り続ける抒情の光が 今夕も
赫い西日のあとで秘めやかに見られます
店の名は弘前市一番町角「田中屋」です

橡木 弘

「ここで少女期をおくり」今も毎月、枠の中のコラージュを制作しているのは私の実姉である。1993年に彼女が「色彩の詩―西側の窓」武田茂子個展を開いたときに村上善男先生(橡木弘)が贈ってくれた詩を22年ぶりにご紹介します。

夜間爆撃

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弘前市一番町角の交差点である。路面に白くぽつぽつと散乱しているのがカラスの糞である。やられた。今朝は4時前に起きたのにこの有様だ。ただ幸いなことに昨夜からの雨で路面が濡れているので、掃除はしやすい。早速に如雨露で水を撒きブラシでこする。作業ははかどり20分もかからなかった。
夜明けはまだだ。

日本とイタリアのコラボ

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三重県のお客様から10年以上前に買った万年筆のインクの出が悪くなったので診てもらえないかというメールが来た。画像も添付してあったので、懐かしい気になった。15年前にイタリアのトリノのスティルス社というメーカーとコラボして作った万年筆だった。英語も貿易実務のこともよくわからずにファックスと途中からはメールのやり取りだけでよく出来たものだと思う。当時、青森銀行には国際化をサポートするセクションがあり翻訳等のお世話になったものだ。しかしそれ以上にイタリアの人が見たことも無い津軽塗というものに関心を持ってくれたことが大きかったのではないかと、今になって思う。完成した時に「ビューティフル・ペン!」と言われた言葉は忘れられない。
しかし、それにしても15年も前の話である。幸いペン先の在庫はまだ保管してある。10年以上愛用している方に応えないと。

船箪笥

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柳宗悦が世界中のどこの家具にも劣らないと絶賛したのが北前船に備えられた船箪笥である。厚いケヤキの板に、これでもかというくらいに金具が貼り付けられてある。万一船が難破して海に放り出されても大丈夫なくらいに頑丈に造られている。
この船箪笥は村上善男先生が田中屋工房津軽塗資料館に寄贈されたもの。「善」の一文字の鉄板が正面に貼り付けられてあり、まるで私のところに来る運命にあったようだと生前、村上先生が愛用していた物である。毎年11月になると「そろそろボジョレーヌーボーですね」と言っていた。黒縁メガネの笑顔をが脳裏をよぎる。あれからもう9年になる。今も善の字の船箪笥は資料館の真ん中に鎮座している。

空飛ぶ円盤

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昭和40年代頃だろうか、UFOなどという言葉はまだなく、宇宙人の乗り物と噂されていた謎の物体は「空飛ぶ円盤」と言われていた。英語のフライング・ソーサーの和訳であった。当時の日本人もコーヒーは飲んではいたものの、まだ一般的ではなく、コーヒーカップの受け皿のことをソーサーだと言ってもピンとこなかった。考えてみれば今でもソーサーのこれだという日本語訳は無い。
そのくらい日本人の意識に上らない存在なのだ。これを津軽塗で作ればという人がいて作ってみた。七子塗赤上である。白い陶磁器のコーヒーカップと似合うと思っている。もう一つ美点は、普通だと陶器のカップの底と陶器の受け皿が擦れるときのザラッといういやな感触が無い。漆器と陶器だから当然のことだが、改めて漆の柔らかさにと強さに感心を覚えた。飛ぶように売れてくれないかなぁ。

(直径14cm×総高7cm 1客 9,900円)

紅葉と苔

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店先を掃く。紅葉といっても赤みの消えた枯葉が歩道に散っている。紅葉の季節も終わった。
正面玄関の踏み石の端に緑の苔が生えている。こんなところにもと思わないではいられない。毎朝、如雨露で水を撒いているので、知らないうちに私が育てたようなものかもしれない。
松柏の操という言葉があった。紅葉して散っていく広葉樹に比べ、変わらぬ松や柏は忠義や信念の象徴のように誉められるが、苔だってそうではないか。色彩が無くなっていく季節に、日陰にひっそりと生える苔が何だか健気に見える。

サイン本

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文芸評論家・三浦雅士のサインをいただいた。弘前高校を卒業後、大学へ行かないで『ユリイカ』『現代思想』の編集長になった伝説の人である。先週、弘前ペンクラブの20周年の記念講師として帰省したのだ。講演は石坂洋次郎のことを縦横無尽に論じて文句なく面白かった。ノー原稿だが、今までの読書量と思考の堆積からマシンガンのように言葉が発せられる。それくらいの早口でも頭の回転にはまだ付いていかない、それをもどかしがる風であった。
折角の機会だから、講演後の懇親会で新刊本にサインをもらった。用意したサインペンを出したが、おもむろにカバンからペリカンの万年筆を取り出して署名してくれた。その上にテッシュペーパーを掛けて反対側にインクが付かないように配慮してくれた。さすがの応対と感じ入った。名刺を出して自己紹介したら、地元出身だけあって、店はご存じで、家にある津軽塗もお宅のもではないかと言ってくれた。

漆の日

11月13日は漆の日である。平安時代の初めに文徳天皇の第一皇子の惟喬親王が京都嵐山の法輪寺に漆の技法の完成の願をかけて満願成就したのが今日だという。
昨日、女性のお客様に七子塗の赤がとってもきれいと誉められた。唐塗は見たことがあるが七子塗は初めて見るという。弘前へ来るのは2回目だそうで、七子塗の茶ベラなどをお買い上げになった。菜種を蒔いて研ぎ出すのを経過サンプルを見せながら説明したが、感心してくれた。ありがたいことである。こんな言葉をかけてくれるお客様がいるので続けられるのだと改めて思う。

(画像は七子塗黒種赤上)

工事中

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お向かいの弘前グランドホテルが工事中である。足場が組み上げられている。と言っても屋根の修復なので営業や宿泊には支障が無いとのこと。すぐ近くにホテルがあるのはお宅のご商売にとっていいことだと言われたことがある。もちろんその通りで、宿泊のお客様が向かいに不思議な建物があるが何だろうとお出でになったりすることも間々あることだし、弘前暖簾の会という市内の老舗の集まりのパンフレットも置いてもらっている。日ごろお世話になっているから言うわけではないが、弘前グランドホテルは通常通り営業しておりますよと、お知らせまで。