郵便切手類販売者

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開店前に店頭の掃除をしていたら若い女性に尋ねられたことがあった。切手を買えないかという。もちろん早速、店の電気をつけて勝手口から入ってもらった。若いのに感心だと思い、良く手紙は書かれるのですかと聞いてしまった。ご高齢の先生に習っていて、ときどき丁寧で立派な手紙が来るので、その返信を出すのだそうだ。何の習い事かは知らないが、老先生に対するリスペクトの雰囲気が伝わって来た。よい師弟関係なのだろう。朝からいい話を聞いた。
田中屋は切手売りさばき人でもあるので、こういう交流もたまにある。

七子紋紗塗

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「ななこもんしゃぬり」と読む。ご覧になったことが恐らく無いだろうと思う。もしご存知であれば相当な津軽塗の通です。それくらい珍しくかつ難しい塗である。津軽塗の職人の中で唐塗をやる人が一番多い。七子塗を塗る人はかなり少なく、紋紗塗をできる人ははるかに少ない。その紋紗塗を七子でやるのだから技術の高度さと行程の難しさは想像してもらえるだろうか。
たまたま昨日Fさんから問い合わせがあった。山荘に招く客のために卓上盆を探しているという。手広く事業を展開している会社の会長で目の肥えた方であるが値段を聞いて驚いていた。5枚揃えたら車が買えると。無理も無いよね。しかし、現物としてあるのはこの八角盆限りで、これから注文をされても出来るかどうか難しい物だから。

(36.5×36.5cm 194,400円)

木組みの不思議

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田中屋2階展示室の透かし状の木組みである。網代(あじろ)に組まれているのだが、組まれているのは幅15ミリ厚さが18ミリの固い天然木である。竹や薄い板なら網代に組めるが18ミリの角柱が網代に組まれているのだ。1976年に本店を改装した時に、一人の老大工が細工したという。不思議に思って父が尋ねたそうだが、それを教えるにはお前が我の弟子にならねば教えられないと、はぐらかされたそうだ。実際につなぎ目もなければ切れ目もない。嘘だと思うなら実際に2階に上がって表と裏から確かめてほしい。
もうそれから40年近くになるが未だに謎は解けない。誰か分かる人がいたら教えてくれないかなぁ。知恵者を求む。

日伊コラボ

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先日、アウロラの日本総代理店の方が弘前までやってきた。珍しいというか懐かしいペンを持ってきた。多分10年以上前に製作されたものだと思う。アメリカにも輸出になったし銀座の和光や伊東屋にも陳列されたことがあるペンだ。まだ残っていたのかというのが実感だった。9本残っているがこれを田中屋で売ってくれないかというオファーであった。アウロラが許可した唯一の店だと言ってもいいという。大の付く歓迎である。代理店の方は旧知でかつ馬の合う方だったので、ペンと一緒に旧友再会といった雰囲気になり2次会まで夜を過ごした。
ちなみにアウロラはイタリアの万年筆のトップメーカーであり、ブランドメーカーでもある。金具の部分は純金メッキで塗は唐塗の小店オリジナル「なごり雪」である。また日本とイタリアのコラボレーションの万年筆が店頭を飾る。
(136mm×15.3mm 75,600円)

若葉

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渓谷に芽吹いた双葉のようにも見えるでしょう。実は田中屋の一番町側の側溝なのだ。店の建物の足元には石垣のように自然石を配してあり、歩道がロードヒーティングになって高くなったため、歩道との間が側溝のようになった。今朝、側溝の内側を掃いていて見つけた。健気にも植物はこんなところでも茎を伸ばし小さな葉を広げるのだ。何という草なのだろう。名前も知らないが、ちょっと引き抜く気にはなれない。如雨露で水をやった。

夜間爆撃

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早朝4時、カラスが電線に停まっている。外に出てみるとすでに数十発もの糞を爆撃された後だった。投下直後だとまだ乾いてなくて取り除きやすいので、如雨露とブラシを持ち出して清掃を始めた。4時を過ぎたばかりでまだ暗いが街灯の明かりを頼りに如雨露で水をかけブラシでこする。ところが糞は結構乾いていいる。ということは大分前にやられたということだ。純然たる夜間爆撃だった。払暁の攻撃になら対処できるが、真夜中の夜間爆撃ときてはどうしようもない。
そういえば第二次大戦の末期、B29に対して日本の迎撃機は歯が立たなかったなぁ。

地漆

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下地に使う地漆(じうるし)を調合しているところ。三角形のヘラを使って地の粉と糊と漆と水を混ぜているところ。こねているのはS工房長。鮮やかな手際だ。
はるか昔に先代のH工房長と忘年会だっただろうか、一緒に洋食を食べたときに言われたことを思い出した。フォークとナイフは慣れないので使いづらい。漆ベラだらいいんだがと。ベテランの職人はまるで自分の手のようにヘラを扱う。
マスコミが取材に来ることがあるが、2か月以上かかる工程の中で、見栄えのする場面には中々当たらないものだ。こういうところを見てもらえればと思った。

*地の粉:粘土や火山灰などを焼いて砕いたもの。

挽物師

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挽物師(ひきものし)というのは木をろくろで挽いて、お椀や丸盆などの木地を作る工人のことを言う。その挽物師が資料館にやってきた。石川県の山中(現加賀市)で修行して今は独立してやっているという。まだ若く、ひょとして20代?奥様もろくろを挽くという珍しいカップルだ。道理で津軽塗の工程のレクチャーのときに椀木地の種類とか専門的な質問をしてきたはずだ。
奥様の親戚が青森でリンゴ園を営んでいるという。そこのリンゴの木を挽物の材料に使えないかと考えているそうだ。灰にしてしまうのは惜しいから何とか使えないかと思って石川から車で来たという。それではということで『北奥舎』でコーヒーをすすりながらお話をした。金沢美術工芸大学のN先生が共通の知人だったりして話が弾んだ。リンゴの木で酒器、盃はどうだろうかという話になった。拭き漆(木目を見せる技法)で仕上げれば青森県のお土産としていけるのでは、とか色んな話が出た。もし、製品化されたものが店頭に並んだら、あの時のブログで出たものだと、由来を語ってやって下さい。

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いつごろから使っていたのだろう。多分戦前からの物だが今でも現役である。四角い皿に量りたい物を載せて分銅を右の釣り下がった小皿に載せ釣り合わせて量るのだ。真ん中のアームの部分にはメモリが盛ってあって、グラムと匁(もんめ)の両方が刻まれている。今でも工房長が直しながら使っている。ちなみに1匁=3.75gで1貫目(かんめ)=3.75㎏である。百貫デブという昔の子供の悪口を聞いたことがあるだろうか?100貫目=375㎏だったのだ。
尺貫法は今ではほとんど使われなくなったが、伝統工芸の世界ではまだ生きている。真珠の国際取引には今でも匁mommeが使われていてこれがグローバルスタンダードなのだ。尺貫法も侮れない。

箸が折れた

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箸を引っかけて折ってしまったので同じ物を買いたいという女性から電話があった。どんな塗ですかと聞くと。小さな斑点の模様が有るという。七子塗の箸のようだ。3年前に買ったものだが、3年たっても全然変わらない。他の塗箸とは全然違うというお言葉を頂いた。
昔、漆問屋に言われたことがあった。他の産地では刷毛で塗っただけの箸にちょっと漆絵を描いて5、6千円で売っているのに、津軽塗の人達は漆を塗り重ねて研ぎ出しているのに、こんな値段で売っている。まあ問屋としては漆を余計に使ってくれるからいいけどと。
あの時は馬鹿にされたような気がしたが、これでいいのだ。これだから津軽塗は細々とではあるが今まで残って来たのだ。

(23㎝ 4,284円)