白布の建物

向かいの公園にねぷた小屋が建った。8月1日からねぷたが始まる。もう一月とちょっとだ。
津軽地方は梅雨入りしたのだが、ここしばらくは雨はふっていない。日中は日差しが強く暑いくらいだが、朝夕はまだ涼しいというか寒く感じるときすらある。5月はあんなに暑かったのに、6月に入ってからは涼しいものだ。田んぼに水が入ると涼しくなると良く聞いたことがある。それでも確実に季節は移っていく。

ハンディキャップ

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聾学校の生徒さん数名が見学に来た。津軽塗の出来るまでを塗見本を見せながら、説明をする。それを引率の先生が手話で伝える。短いフレーズで簡潔に言わないとと心がけた。結構、飽きずに聞いてくれた。
その中に中学生くらいだろうか、小柄で可愛らしい少女が立っている。勿論一言も口を利かない。右目は普通の黒い瞳だが左目は水色だ。眼にも障害があるのだろうか。中学校の同級生に同じ色の瞳をした子がいた。彼も片方の眼は視力がかなり低かった。
聾唖というだけできついハンディキャップなのに。聞くこともできないし尋ねることも出来ない。行く末の幸せを祈らずにはいられなかった。

会えなかった祖父

昨日は祖父・田中正雄の月命日だった。私が生まれる2年前に亡くなっているので、会ったことはない。真面目で腕の良い職人だったという。
連れ合いの祖母・さたが嫁に来た時に「役者のところに来たのかと思った」と孫の私は聞かされた。子供だった私はそのまま何気なく聞いていたのだが、今から考えてみれば明治の女性にしてはかなり大胆なノロ気だったのではないか。他の大人には勿論言うはずもなかっただろうが、何も知らない幼子に、心の内を言ってみたのだろうか。
親の若いころは勿論知らない。まして祖父祖母ともなれば全く分からない。彼彼女らはどういう思いで毎日を暮らし、どういう思いで一生を過ごしたのだろう。

蛇口が付いた津軽塗

津軽塗の焼酎サーバーである。勿論ウイスキーでもバーボンでもOK。グラスを置いてコックをひねると好きな分量のお酒をスムーズに注げる。パーティーなんかで披露すれば話題独占は間違いがない。木地はガラス製なので洗う時も簡単である。ガラスに塗れる漆が出来て津軽塗の幅が大分広がった。以前はガラスに薬剤を吹き付けてスリガラス状態にしないと出来なかったのだが、伝統工芸も進化しているのだ。

(直径15cm×高さ31.5cm 45,360円)

雑草

石とコンクリートの僅かな隙間に土があるのだろう。そこから小さな草が生えて来た。小さいながらもしっかりと三つ葉になっている。ここは田中屋の一番町側の戸口の前の踏み石である。偉いものだ。毎朝、如雨露で水を撒いていいるから、知らないうちに私が育てたようなものだろう。
雑草とはいえ健気げな姿に採りにくくなった。まぁ行き来に差し支えないどころか、気付く人も居ないくらいだろうから、このままにしておくか。

緑陰

緑陰幽草(りょくいんゆうそう)花時に勝るという言葉を、若い頃見つけて、四十年にもなろうか、今も気に入っている。桜の花が満開になった時のこの世の物とも思えぬ美しさはもちろんのことだが、今の季節、気持ちの良い風に吹かれて、緑を眼にするとき、一人うなずいてしまう。
気候的には爽やかで申し分ないのだが、店屋としてはもっと猥雑でも賑やかであってほしいものだと凡夫は思う。

電線にカラスが

去年はブログにカラスの話が多かったがとIさんに言われた。そうだ。昨年までは店の前の電線に停まるカラスの糞害に悩まされ続けたものだった。それが、昨年末に「カラスのフン害に憤慨する会」のT会長と東北電力に陳情に行ったのだ。さすが東北電力は早急に電線にカラス除けのコイル状のテグスを張ってくれた。お蔭で早朝のフン掃除から解放された。改めて東北電力と関係者に感謝申し上げたい。
喉元過ぎればで、ブログにはカラスは登場しなくなったのだ。
Iさんからもう一つ言われたことがある。去年に比べて更新が長くなったと。これはカラスのせいにはできない。反省。
(画像のこの電線にカラス除けが装着してあるのだが、透明なため良く写らなかった。ご寛恕の程を)

修復

30年以上前の座卓の修理だ。コンパウンド(研磨剤)を塗って艶を出したところである。まずまずいい艶が出た。あまり年数が経つと漆の気(け)が無くなって摺り漆をしても艶が出ない場合もある。ベテランの工房長でもやってみないと分からないケースもあるから修復作業の見積もりは結構厄介なものだ。特にテーブルのような大きな物は運ぶだけで運賃が発生するから、折角送ってもらって出来ませんでしたでは申し訳が無い。このくらい艶が出れば喜んでもらえるだろう。

80歳のグループ展

「からなし・そさえて展」が始まっている。1954年に弘前高校を卒業した画家や詩人たちが集うグループ展である。もう40年になるという。田中屋画廊の最古参の利用者方である。昨年亡くなった福井一さんの絵画を約40点展示している遺作展でもある。皆さま80歳になられたので、今年が最後の開催となる。良く続けてこられたと思う。時は流れる。これで最後となると一抹の寂しさはぬぐえない。(16日まで)

皐月

八重桜も散り始め、向かいの公園のソメイヨシノはすでに葉桜である。岩木山の雪も解け始め、緑の部分が多くなって来た。「われに5月を」は寺山修司だったか。5月というのは12の月の中でも特別の月のように感じられる。緯度の高いイギリスでは6月が輝くような美しい月なのだろうが、日本では梅雨時だ。「さつき」というS音が一層の爽やかさを引き出しているのかもしれない。
美空ひばりの名曲「リンゴ追分」は映画「リンゴ園の少女」の挿入歌で、ここ弘前市が舞台となった。それにちなんだ「全日本リンゴ追分コンクール」も明後日に開催される。20年前程前には今時分、打合せや設営に大童だったものだが、それも、もう25回目になるという。今年は弘前市民会館で13日(土)14時からだ、昔かかわった者としてお知らせを兼ねて、継続してきた関係者、先輩たちに敬意を表したい。